安政4年(1857)創業、歴史学中心の人文書出版社
ホーム > 八木秀次

八木秀次 275

八木秀次

「八木・宇田アンテナ」の発明者。「後発工業国日本の近代化」に挑んだ一科学技術者の戦前・戦中・戦後を描く本格伝記

著者 沢井 実
ジャンル 日本歴史 > 伝記
シリーズ 人物叢書 > 現代
出版年月日 2013/10/02
ISBN 9784642052689
判型・ページ数 4-6・288ページ
定価 本体2,200円+税
在庫 在庫あり
 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Check

目次

はしがき/大学卒業まで(出生から第三高等学校卒業まで/東京帝国大学工科大学電気工学科時代)/仙台高等工業学校時代と留学経験(仙台高等工業学校時代/留学経験と総力戦からの教訓)/東北帝国大学工学部時代(東北帝国大学工学部電気工学科での研究と教育/伊藤庸二との出会い/独立研究所設置への動き/指向性アンテナ(八木・宇田アンテナ)の発明/八木の工業教育観)/大阪帝国大学理学部時代(物理学科の創設と運営/産業科学研究所との関わり/八木秀次の毒舌/八木秀次の技術観)/科学技術動員と八木秀次(大阪帝国大学理学部時代/東京工業大学学長時代/技術院総裁時代)/戦後の八木秀次(終戦直後の日々/大阪帝国大学総長時代とその後の社会的活動/政治活動と原子力の平和利用への関わり/経済活動および科学技術者としての活動/晩年)/むすび/略年譜

このページのトップへ

内容説明

テレビ受像用として知られる「八木・宇田アンテナ」を発明した電気通信工学者。海外で高い評価を博した指向性アンテナ技術が、太平洋戦争で敵国兵器に利用されたため、戦時には科学技術を動員する中核的立場におかれる。戦後は、教育者・国会議員として幅広く活躍。明治以来の国家的課題「後発工業国日本の近代化」に挑んだ一科学技術者の生涯。

【編集者の眼】
「君の同期の○○君を採用したかったのに、やむなく君を採用したのだから、しっかりやってくれ!」
 現在、テレビ放送やFM放送の受信用、アマチュア無線などに広く使用されている「八木アンテナ」の発明者の一人の八木秀次は、毒舌家でもあった。
 当初日本では、八木らの指向性アンテナの技術は注目されなかったが、太平洋戦争下、敵国では軍事レーダーに使用されていた。日本はそれを捕虜からの押収資料によって知る。八木は、戦争末期には戦時科学技術動員の頂点である技術院総裁となり、戦後は実業家、参議院議員となった。
 一方で、東北帝国大学教授・大阪帝国大学総長・東京工業大学学長・武蔵工業大学学長という経歴が象徴するように、技術者教育に熱心に取り組んだ。
  さて、八木に冒頭の一言を言われた若者はこのあと論文を書き上げ日本人初ノーベル賞を受賞した。そう湯川秀樹。比べられた○○君は湯川の十六年後にノーベル賞を受賞した朝永振一郎であった。(環)

このページのトップへ

関連書籍

陸軍登戸研究所と謀略戦

陸軍登戸研究所と謀略戦 337

科学者たちの姿から戦争と科学の関係を描く

著者:渡辺 賢二
 
 

このページのトップへ