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『日本近代の歴史』刊行記念対談(3/3頁)

PR誌本郷第126号収録
『日本近代の歴史』刊行記念対談
 

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  昭和をどう位置づけるか

 源川 その流れで昭和期をどういうふうに見ていくかということになります。「大正デモクラシーからファシズムへ」というのはこれまで使われてきた枠組みです。最近いろいろな通史を読む機会がありますけれども、あまり強く意識されてないんですね。でもまだ教科書ではかなり使われています。だから歴史を認識する枠組みとしてはまだまだ通説的な位置付けがあると思います。
 ただ、この第4巻~6巻に関わるのですが、表面上はあまりそれを意識していないようです。大正デモクラシーからファシズムへという直線的な書き方をしていないと思います。

 大日方 そうですね。

 源川 そういう書き方はしていませんけど、例えば第四巻の櫻井さんもやはり日比谷焼打事件から第1次護憲運動の頃の日本の政治は、一方では立憲主義を求めながらも対外強硬的であったが、第1次世界大戦後には協調的な傾向が出てくるという変化を指摘しています。
 そういう大正時代のデモクラシーの性格については、第4巻でも議論されています。そしてその後の第5巻、第6巻にかけては明確に大正デモクラシーからファシズムへとは言ってないのですけど、実はそれなりに意識しています。それは1920年代後半から40年代をどう見るかということに関わります。
 河島さんは冒頭のところで、第5巻の時代を「現代国家化」の時期だと捉えています。現代国家というのは、言い換えると福祉国家とか、欧米的なケインズ主義的国家です。議会制民主主義があって社会政策を行う。古典的自由主義ではなくて社会に介入する国家をこの場合に、現代国家と言います。あるいは労働者の保護を政策化するような、20世紀型の国家というのがつくられていく。このように一般的には理解されている。
 第5巻では、日本にもある程度そうした政策構想があって、おそらく浜口内閣はそういう意味での1つの担い手として位置づけられているのかなと思います。浜口内閣の時期には労働政策とか社会政策が提起され、あるいは女性の公民権も衆議院だけは通りますので、女性の政治参加なども含めて現代国家化を進めようとした過程として、おそらく理解していると思います。それはある意味では大正デモクラシーの流れの中に位置付くわけです。
 なおかつ私の担当した第六巻のほうでも、その問題意識をある程度引き継いでいます。ですから第5巻は『戦争とファシズムの時代へ』となっていますけれども、歴史観としては軍部が出てきて着々とファッショ化を進めていくという歴史観ではないのです。国家のあり方については現代国家化が目指されていくわけですけど、しかし、そのいっぽう軍部が中国侵略を始めていく。それに対して、現代国家化をしつつも、軍部に抑えが利かない。そういう点での弱点・限界性みたいなものが指摘できるのかなと。
 それから理解するのがむつかしいのは軍部の中にも社会政策を重視するグループがいること。陸軍パンフレットなどというのは、いわゆる広義国防を掲げているので、それを求める軍部と、さっき言った現代国家化を目指すような構想というのが、ある意味ではリンクしてしまうようなところもあります。おそらくそれが1930年代の日本の政治史を考える上では非常に重要な点で、これまでの研究で議論されてきました。それは私も強調しているところです。だから大正デモクラシーからファシズムへと明確に言ってないんですけど、その移り変わりのロジックをかなり強く意識して書いたつもりです。
 言い方としては、福祉国家化のような動き、つまり現代国家化を目指していく政策構想があったのですが、対外侵略を行う軍部が一部、国防のための社会政策なるものを主張しています。それと現代国家化の動きがある部分くっついてしまうようなところが、1930年代の政治史の特徴なのだと捉えています。
 この辺についてはおそらく河島さんも私もかなり共通した問題意識を持っています。

―― 一般に現代政治を語る上で、日本の政治は官僚政治だというような言い方もされますが、いまおっしゃった現代化というところで、主導権を握っているのは政治家なのか、官僚なのかどう考えてらっしゃいますか?

 源川 そこはなかなか難しくて、河島さんの巻で述べられているように、確かにロンドン海軍軍縮条約の締結の時の浜口のリーダーシップというのは、枢密院も押さえて調印するという点で意味があったと思うんです。その後、撃たれてしまうわけですけど。官僚のほうは、その政党政治の時期にかなり劣勢の位置にあったと言われていますが、彼らは彼らでいろいろな政策構想を持っています。官僚のほうも意外に、政党政治はそれなりに必要だと思っているんです。無産政党のある程度の進出と政党政治というのが日本にあってもいいのではないかと考える人々が一定数いて、政党政治を弾圧するようなイメージでは語れない。
 そして官僚の役割、特に新官僚と言われる人々も、1933年以降変わっていく。政党にかなり抑圧的になっていきます。そのような官僚の姿が第5巻で示されているのかなと思います。

  総力戦体制とは何か

―― 最後ですが、第6巻が対象とする総力戦体制についてふれていきましょう。
 大日方 要するに福祉国家、つまり国家的な政策として介入していくという話ですね。自由主義経済ではなく、ある種、懸命な管理をしないとまずいということです。それが後の総力戦体制や戦後にどういう位置になっていくのでしょうか。河島さんの提起された「現代国家化」は、そこのところをいわば戦後のある種のモデル、ある種の類似性として捉えようということでしょうか。その関係はどんなふうになるのですか。

 源川 そこは難しくて。当たり前の話なんですけど、1930年代前半までを1つにまとめて捉えたとすると、総力戦体制につながる部分も当然あります。それはどういうことかというと、さっき言った社会政策と広義国防の連動というのはまさに38年以降出てくる。国家総動員法とか、厚生省の設置や、国民健康保険をつくろうという構想があるんですけど、おそらく社会政策についていえば、30年代前半の現代国家の文脈で捉えることができます。
 それが戦争の論理の中に引っ張られていく側面が必ずある。だから総力戦体制論の枠組みというのは、総力戦になって変わったということを切り取って見るべきではないと僕は思うんです。つまり総力戦の時代だけではなく、前とのつながりというのを十分認識しなければいけないというのが僕の考え方です。
 歴史なので当たり前ですけど、30年代前半での動きというのを十分踏まえた上で、それがどういうふうに総力戦に持っていかれるのかという発想のほうが僕はいいのではないかと思う。ただ、総力戦体制に引っ張られて、ゼロか100かではなくて、やっぱり総力戦に行かないような現代化の構想というのはあったと思います。基本的には、さっき言った軍部の広義国防の論理によって戦争に持っていかれる。ただ、もしかしたら持っていかれないで済んだかもしれないという発想も必要なのかなと思っています。それは、おそらく戦争が終わった後に生かされてくる。
 だから占領軍が行おうとした政策というのは、もちろん個別的には総力戦体制期に原型が作られていたものもありますけど、構想としてはその前からあって、戦争とは無関係に存在している。いわば30年代前半の現代国家的な政策、実現しないまま残っていたものを、占領軍が一気に進めたという側面もあるのではないかと思います。その意味では30年代前半の構想は総力戦体制に連続する部分と、それ以後にGHQの占領政策の中で新たな形で展開していくものがあったのではないかということが、僕が最後に言いたかったことです。

 大日方 思いつき的に言うと、櫻井さんが扱っている時期の政治のあり方とか、社会の編成のされ方とか、現代的な社会状況みたいなものが、ある種、総力戦の戦時体制をかいくぐる中で、戦後の基盤をつくっていくような側面もあると。

 源川 そうですね。松尾尊兊さんの問題意識も大正デモクラシーの成果というのが戦後の民主主義につながっていくというものです。

 大日方 そうそう、ある意味古典的な。

 源川 それは僕も基本的に間違いではないというふうに思っていて、河島さんもそう考えていると思います。
 ただ、僕たちが強調しているのは、おそらく大正デモクラシーがつぶれた後の数年間というのは非常に大事で、つまり1930年ぐらいから37年の日中戦争の始まる頃までの時期というのは、おそらく従来の大正デモクラシー論では大正デモクラシーとは言われてないと思うんです。だからその部分をどう位置付け直すのかというのが、今回、書きたかった1つの新しい点なのかなと思っています。

 大日方 でもいずれにせよ、総力戦体制だと能動性を発揮しないと展開できないから、ある種、政治参加というのは相応に疑似的には保障します。よく言われる市川房枝など、女性の政治参加とか、戦時中の女性の労働力動員に関する論争もある。客観的にはそういう状況の中で進んだ社会的進出が、状況が転換する中で基盤になるということは、十分あり得ると思うんです。

 源川 そこはかなり連続した部分もあると思います。その意味でも、総力戦体制論というのは総力戦によってという言い方になりますよね。だから戦争が起動要因になるということですけど、むしろ戦争がなければもうちょっと違う形で、もっと早く実現したかもしれない。

 大日方 単純化すると、櫻井さん、河島さんの流れの延長上に展開してくる。
 源川 それがうまくいけば、総力戦を使わずにある程度、構想が実現した可能性はないわけではないと言えるでしょう。

 大日方 ある種、逆接的というか(笑)。

 源川 そういうふうに考えてみたらどうであろうと。そう考えることで大正デモクラシー論の問題意識を受け継ぎますけれども、占領政策の意義を正当に評価することになると思います。もちろん占領政策は民主化に役立ったんですけど、じゃあその前の日本の社会の持っていたポテンシャルというのは何か。それをもうちょっと見ていく必要があるだろうと思っています。

 大日方 つまり外在的な民主化、ないしは政治構造が追認されたわけではなくて、そうした基盤とか前提があってということですね。

 源川 まあ、そうです。そこが大正デモクラシー論とそんなに議論としては変わらない。

 大日方 松尾さんと言い方は違うけれど、でもある種受け継いでいる部分はあると思います。単純な総力戦体制論とはまた違う部分が出てくることになるのではないでしょうか。

 源川 そうですね。

――本日は、かなり内容に深く踏み込んだお話しを聞けたと思います。ありがとうございました。

 (2016年7月29日)

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