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『天皇の美術史』刊行記念鼎談(1/3頁)

PR誌本郷第127号収録
『天皇の美術史』刊行記念鼎談

美術史の魅力と愉しみ

 
髙岸 輝
たかぎし あきら
1971年、アメリカ合衆国イリノイ州生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。現在、東京大学大学院人文社会系研究科准教授。主要著書=『室町王権と絵画―初期土佐派研究―』、『室町絵巻の魔力―再生と創造の中世―』など
橋本麻里
はしもと まり
1972年、神奈川県生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。日本美術を領域とするライター、エディターとして活躍。明治学院大学非常勤講師、永青文庫副館長。主要著書=『京都で日本美術をみる 京都国立博物館』など
五十嵐公一
いがらし こういち
1964年、愛知県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。現在、大阪芸術大学教授。主要著書=『近世京都画壇のネットワーク』、『京狩野三代 生き残りの物語―山楽・山雪・永納と九条幸家』など

 

美術との出会い

――本日は来年1月から刊行開始する『天皇の美術史』の企画編集委員である髙岸先生と五十嵐先生、そして今、テレビや雑誌などでご活躍中の橋本先生にお越しいただきました。まずは、先生方が美術に携わるようになったきっかけをお聞かせ下さい。

 髙岸 もともと僕はデザイナーの仕事に憧れがあったんです。


 橋本 そうだったんですか!

 髙岸 美術と歴史とはずっと好きだったのですが、高校卒業となると進路を決めなければいけない。そのとき文系・理系という分け方に収斂されることがすごく嫌で、ハタと見ると芸術系という部門が(笑)。

 橋本 第3の道ですね。

 髙岸 はい、芸大に行きたいなと思って。一番やりたかったのは車のデザイン。イタリアの工業デザイナー、ピニンファリーナとかジウジアーロとか、本当はそちらに行っているはずだったけど道を外して…。


 五十嵐 初めて聞きました(笑)。私は美術にまるで興味がなかったのですが、たまたま高校3年生のときに読んだ高階秀爾先生の『名画を見る眼』(岩波新書)が面白かった。絵画に意味や歴史があることを知ってからです。

 橋本 髙岸先生はそんなに早くからデザインに関心を? 早熟ですね。

 髙岸 子どものときから図工に得意意識があって。

 橋本 五十嵐先生は見る方だった?

 五十嵐 何も作れません(笑)。作っても「よく頑張ったね」という感じ。

 髙岸 今でも作る側にいた自分というのを常に思い描いてしまうんですね。

 橋本 あったはずのもう1つの人生…。

 髙岸 今ごろ僕の車が走っていたかな、とか思います(笑)。

 五十嵐 美術史でそういう人はいるかな。

 髙岸 結構、実技崩れという。

 橋本 実技崩れ(笑)。

 髙岸 芸大は多いと思います。第1巻の増記隆介さんは東大ですが実技も。

 五十嵐 日本画を描いていたそうですね。

 髙岸 橋本さんはどうですか。

 橋本 私も図工は好きでしたが、美術に深い関心はなかったですね。私の場合、研究者だった伯父の影響で文化人類学に興味を持っていましたが、ベルリンの壁崩壊や天安門事件があった時期で、つい浮気をしてICUに入学、国際関係を勉強したんです。国連機関に就職しようと考えていたのですが、結局また文化人類学に引き返して、双墓制(両墓制)をやりました。

 髙岸 まだ美術の美の字も出てこない。

 橋本 卒業後、就職したのがいけばなと現代美術の二刀流の出版社だったんです。そういうものを仕事として扱っているうちに、美術や茶の湯などに関心を持ち始めて…。その後、独立したライターになったときに、現代美術と日本美術の両方について書く人がほぼおらず、両刀使いができるというので、いろいろな形で便利に使っていただくうちに、こんなことになっていました、という経緯です。

 

日本美術ブームの到来

 髙岸 2000年の少し前くらいから、日本の古美術研究や展覧会が変わってきましたよね。展覧会にはお客さんを入れなければいけなくなったし…。

 橋本 その変化のきっかけは何なのでしょう。いわゆる「日本美術ブーム」は、京都国立博物館(京博)の若冲展から、という言われ方をしますが。

 髙岸 その時期に博物館にいた五十嵐さんは肌で感じていた?

 五十嵐 新聞社の巡回展にはお客さんが来る。でも、自主企画展はお客さんが来ない。そういう状態が少し変わってきたように感じていました。

 髙岸 お客さんも展覧会の企画も変わった。昔は東博(東京国立博物館)本館の特別展でも閑散としていて、どこか「研究者しか相手にしていません」という構えがあったし、京博の常設展はそれが長く続いた。院生がギャラリーで学ぶには最高の環境でした。図録もアカデミックだけど、デザインは凝っていなかった。それが90年代の終わりぐらいに、京博の図録が急におしゃれになり始めた。

 五十嵐 デザイナーが入るようになったんだと思います。また、展示のデザイナーなんて昔はいなかったですよね。

 髙岸 94~95年くらいまでは、国立博物館の展覧会でも企画者の顔が見えた。それが今残っているのは京博?

 五十嵐 京博とは一緒に仕事をさせてもらったことがありますが、頑張っておられますよね。

 橋本 独立行政法人化以降の流れが、結果的に今、日本美術の展覧会に多くの人が足を運び、テレビ番組のコンテンツにもなり、という状況に結びついているのだとしたら、今の状況をプラスに、ポジティブに評価していいのでしょうか。

 髙岸 以前はアカデミックな組織運営だったとおもいますが、今は観客の目を強く意識していることが伝わってきます。日本美術がブームといわれているけれども、いつかは終わると思っています。だから今、ぎりぎりのところで美術館・博物館は努力しているのではないかと思うのですがどうでしょうか。

 五十嵐 これまでの様々な研究成果を吸い上げて展覧会を作っている。頑張って吸い上げているという状況ではないでしょうか。

 髙岸 例えて言うなら、昔は地下に石油はいっぱいたまっていたけど、吸い上げて地表に出すパイプが細かった。今はどんどん吸い上げているから、枯渇に向かわないか心配です。

 五十嵐 それを何とかしたいとう意図が、このシリーズにはあります。その鉱脈として権力、天皇に目をつけたわけです。

 橋本 これまで手をつけられてこなかった鉱脈だろうと。

 髙岸 天皇だけとか、権力そのものだけで日本美術を通史的に編むということは、今まで意外となかったのではないかと思います。

 

シリーズ誕生と伊藤若冲

 五十嵐 初めてこの話が出てきたのが、2011年8月。吉川弘文館から新しいシリーズを作るので、どうですかと声をかけてもらって。

 髙岸 私も五十嵐さんも吉川弘文館から単著を出していますが、これらの延長線上にある「権力と芸術」というのが、大きなテーマになるかな、と思いました。

 五十嵐 言い出しはどちらともなく。

 髙岸 とにかく一本筋を通したシリーズものがいいよねという話をし、考えられるキーワードは何があるだろうか、ということでしたね。

 五十嵐 最初は一人一天皇という方針があったのですが、影響力の強い天皇、そうでもない天皇がいて。

 橋本 濃い薄いがある。

 五十嵐 ええ。それで構成も大きく変わりました。

 橋本 大正までで終わらせたのは、あまりにも現代史に過ぎ、まだ研究の対象になり得ないからですか? その先にある現代の天皇と美術というテーマは、非常に気になります。

 髙岸 おっしゃるとおりで、美智子皇后は美術に精通されていて、皇族の方で研究者もいらっしゃいます。そして、今の美術館の現場に行啓される。

 五十嵐 美術館だけでもないですよね。

 髙岸 そういう方々が、広い意味での美術史にかなり重要な役割を果たしているという気はします。

 五十嵐 「展覧会に天皇がいらっしゃいました」というと、ニュースになりますよね。

 髙岸 その辺は橋本さんの方が(笑)。

 橋本 いや、よくは分からないのですが、権力と美術ということでいうなら、今の天皇にはいわゆる政治的な権力はない。かといって文化をつかさどる権威であるという立場でもない。彼ら皇族が美術に関わることを許されているのは、権力と関わらない分野だからということで、生物学を研究なさったり、美術館に行幸啓なさったりということなのかなと思うのですが、近代以前とは反転した状態にある現在の天皇と美術の関わりについては、やはり読みたかったところです。

 髙岸 2年前、三井記念美術館の「東山御物の美」展では会期末ぎりぎりになって行幸がありました。まさに室町時代の北山殿とか室町殿への行幸が再現されていて、本来、それは政治以外の何物でもなかったわけですが…。美術というのは文化の領域に属するということで、今の天皇が政治に関わることをうまく回避できる部分でもある。でもまったく政治的でないかといわれれば、そこは研究の余地がある問題という気はします。

 五十嵐 でも、この点は扱えなかったかな。全6巻を作るだけで精一杯でしたから。

 髙岸 もう少し歴史の検証を待ちたいところですかね。今やってしまうと、1次資料ではあるけれども、検証、研究した内容と言えるかどうか。各美術館で行幸啓をお迎えした方にインタビューをして、実際にどういうお言葉があったかなど、すごく知りたいですが。

 橋本 折々にいろいろな方からそのあたりの話を伺うと、面白いエピソードを話してくださるので、かなりあるはずです。

 髙岸 このシリーズがいったん終わって、その後新たに、という形があるかもしれません。

次頁へ続く

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